2022/01/14 11:58
9日死去した元首相の海部俊樹氏はクリーンなイメージを前面に掲げて政治改革の実現に力を注いだ。首相在任中の平成時代の初期は、冷戦が終結し、湾岸戦争が勃発するなど、世界情勢が激変する転換期でもあり、国際協調を巡って難しいかじ取りも迫られた。
海部氏は、政治改革を唱えた自民党の三木武夫・元首相の秘蔵っ子として知られ、1974年発足の三木内閣で官房副長官を務めた。
首相に就任した89年8月は、リクルート事件などの影響で金権政治への批判が強く、閣僚経験は文相2回、党三役の経験もなかったものの、清廉なイメージが首相の座を射止める要因となった。イメージ戦略も得意で、「水玉ネクタイ」がトレードマークだった。
しかし、命運をかけた政治改革関連法案は野党だけでなく与党からも反発を受けて廃案に追い込まれた。「重大な決意」を述べて衆院解散をちらつかせたが踏み切れず、内閣総辞職した。
===== 後略 =====
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