■「武士道精神」世界に知らしめんとす
戦わざれば亡国、戦うもまた亡国であれば、
戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。
戦って死中に括を見出し護国の精神に徹するならば
たとい戦い勝たずとも、護国に徹した日本精神させ残せば、
我々の子孫は必ずや再起、三起するであろう。
永野修身 元帥海軍大将
■映画「明日への遺言」、武士道精神への海外の反応
この映画は、太平洋戦争当時、日本軍が名古屋を爆撃した米軍パイロットと搭乗員を捕らえ、処刑した責任を問われる、岡田資中将を裁く過程を扱った作品です。
映画を見て、始終印象深かったのは、岡田中将が部下の間違いまで自分の責任としながら、部下たちのために弁護したという点です。
この事件が、戦争という特殊な状況下で、米軍の民間施設への爆撃により、
理性が失われた状態で行われた偶発的な事件だったという点を積極的に論争していたのなら、おそらく岡田中将は死刑だけは免れたかもしれません。
しかし、彼は自分のためにどんな言い訳もせず否定もしないまま、死の恐怖を前にしても毅然として裁判の判決を受け入れます。その姿が非常に印象的でした。
最終的に死刑が宣告されると、自分に死刑を言い渡した米軍の裁判官に、
「自分の話を聞いてくれてありがとう、後代の日本人たちもこれを感謝するでしょう」と言い、丁寧にお辞儀をして、背を向けたシーンでは深い戦慄が走りました。
それはまるで人ではない、俗世を超越した道人のように見えました。
そして最後に、岡田中将が死刑場に連れて行かれながら、部下の敬礼を受け、穏やかな表情を見せたシーンには本当に涙が出ました。
彼は真の侍だったと思います。
岡田中将の家族も素晴らしかったです。自らの家長が死刑判決を言い渡されたにも関わらず、最後まで冷静さを保ちながら米軍裁判官に対して礼を表わすシーンを見れば、
日本の強靭な精神力と力の源泉が何であるかを知ることができました。
米国は、武力で日本を屈服させましたが、日本の精神まで屈服させることはできなかったのです。
この映画を見ながら、日本の精神と文化を理解することができ、日本に対する深い畏敬の念を抱きました。
【日中】抗日ドラマ「でたらめだ!」 憤激する元中国兵ら…「日本軍は強かった」「敬服せざるをえない面あった」=中国メディア
抗日ドラマ「でたらめだ!」 憤激する元中国兵ら・・・「日本軍は強かった」「敬服せざるをえない面あった」=中国メディア
四川省メディアの華西都市網はこのほど、抗日戦を戦った元兵士らへの取材記事を掲載した。中国では「抗日ドラマ」が盛んに放送されているが、元兵士らは「あんなに容易なわけがあるか」などと
反発。日本軍は極めて強く、戦意については「敬服せざるをえなかった」と述べた。
四川省メディアの華西都市網はこのほど、抗日戦を戦った元兵士らへの取材記事を掲載した。中国では「抗日ドラマ」が盛んに放送されているが、元兵士らは「あんなに容易なわけがあるか」などと
反発。日本軍は極めて強く、突撃などの際に見せる犠牲的精神については「敬服せざるをえなかった」と述べた。
99歳の馬定新さんは、「抗日ドラマ」について「数人で鬼子(日本兵を指す)の連隊を全滅させるだって? 真実ならば、多くの仲間を犠牲にして8年も戦う必要があったわけがない」と批判。
「ひとつ間違えば命を失う」厳しい戦いだったと回顧した。
日本軍は多くの場合、航空機や戦車、重火器で攻撃を加え、敵をただちに撃破する電撃作戦を好んだ。しかし、戦線が膠着すると迂回攻撃するなど柔軟性もあった。訓練が行き届き、部隊間の
連携も巧妙な日本軍に、中国軍は大被害を受けつづけた。
記事によると元兵士の多くが、日本の将兵は「命を惜しまず、射撃も正確だった」と証言する。「突撃」の命令が下れば、とにかく殺到してきたという。小隊長として1941年5月の中原会戦に
参加した鄭維邦さんは、日本軍の突撃精神には「敬服せざるをえない」と述べた。
戦史研究家の何允中さんは、日本兵には「崇高な武士道精神があった」、「まず、おのれに厳しかった。相手に対してはさらに厳しく戦った」と説明した。
中国では「武士道精神」が、「日本人の残虐さを示すもの」として否定的に扱われることがほとんどだ。専門家の発言部分とはいえ、メディアが「崇高」と表現するのは珍しい。
記事は続けて「抗日ドラマの見せ場」でもある、中国人が刀で日本兵を『華麗に殺す』場面を取り上げた。馬さんは「大うそ。鬼子と遭遇して、あんなことをしたら、何度殺されていたか分からない!」と述べた。
実際には、中国軍の軍刀や銃剣類の使い方は日本軍から学んだもので、日本人将兵の刀剣類の使い方の方が「最高に実際的だった」という。また、中国には当初、歩兵の運用規則を定めた
「歩兵操典」が存在せず、後になり日本軍の「歩兵操典」を翻訳・編集して使ったという。
記事は最後の部分で、「いかなる目的にせよ、歴史をねじ曲げ、誤った歴史を広める行為は、全民族を挙げた抗日戦に対する侮辱」と批判。「歴史を直視し、(当時の中国と日本の)差を
直視することが、抗日戦を戦った英雄に対する最大の尊敬だ」と主張した。